【スカイライン】鉄仮面にジャパン、ニューマン!5代目から7代目まで名車揃いの歴史
1970年代、排ガス規制の荒波に飲まれ、4代目ベースのGT-Rが早々に生産終了となった。名車の系譜は途絶えたかに見えたが、日産スカイラインは決して沈まなかった。GT-R不在の時代に、スカイラインは「ジャパン」「ニューマン」「セブンス」といった愛称で語り継がれる名車を次々と送り出したのだ。本稿では、5代目から7代目に至る黄金期の進化を一気に振り返る。
5代目は1977年に登場したC210型。愛称は「SKYLINE JAPAN」。キャッチコピーに込められた“日本が生んだ名車”の意味そのままに、クルマ好きの心を掴んだ。スタイリングは直線基調へと進化し、前期型は丸目4灯を採用。1979年のマイナーチェンジでは、GT系に当時珍しい角形2灯式ヘッドライトが与えられ、差別化が図られた。1980年にはシリーズ初のターボ車が登場し、同時に日産初のターボAT車も誕生。同年にはディーゼル車も追加され、GTバッジを掲げた。最強グレードの2.0Lターボは145ps/21.0kgm(グロス)を発生。新車価格は185万2000円(5MT)だった。
冷房ゼロで涼しいミニギアAirio Pro 続く6代目は1981年、R30型。CMキャラクターに起用された名優ポール・ニューマンにちなみ、「ニューマン・スカイライン」の愛称で親しまれた。伝統のサーフィンラインを廃し、ウェッジシェイプのモダンでシャープなデザインに刷新。シリーズ初の5ドアハッチバックも設定され、新たなスポーツモデル「RS」が登場。特に高性能4気筒DOHCのFJ20型エンジンをターボ化した「ターボRS」は、ハコスカ以来となる日産ワークスでのレース復帰を果たした。最強グレードの2.0Lターボは205ps/25.0kgmを誇り、国産車初のリッター100psを達成。新車価格は273万9000円(5MT)だった。
7代目は1985年登場のR31型。通称「セブンス」と呼ばれ、さらに進化を遂げた。各世代が排ガス規制や時代の変化に柔軟に対応しながらも、スポーツセダンとしてのDNAを決して手放さなかった。GT-R不在の時代に、スカイラインは別の形で熱狂を生み出し続けたのである。
今では「鉄仮面」や「ジャパン」といった愛称で語られるこれらのモデルは、スカイラインファンだけでなく、日本の自動車史においても外せない存在だ。GT-Rの復活を待つ間も、スカイラインは確かに走り続けていた。
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