GT-R、スープラ、フェラーリ、ポルシェが激突!1997年ベスモ伝説の異種格闘技戦
「普通なら絶対に実現しない夢の競演」──クルマ好きなら一度は想像したことがあるだろう。異なるカテゴリーで戦うマシン同士が、同じサーキットで本気のバトルを繰り広げる。それが現実になったのが、あの伝説の番組『ベストモータリング』だ。今回は1997年に筑波サーキットで行われた、特にぶっ飛んだ企画「異種格闘技バトル」の裏側を、当時参戦したプロドライバー中谷明彦氏が激白する。
『ベストモータリング』といえば、新型車が登場するたびにライバルを集め、筑波サーキットでレース形式のバトルを展開。紙媒体の時代に、映像でしか伝えられない挙動や操作、タイヤスモーク、エンジンサウンドを届けることで日本だけでなく海外のクルマ好きからも熱狂的な支持を集めた。あえて「レース」ではなく「バトル」と呼んだのは、勝敗だけでなく動力性能やブレーキング、コーナリング、ハンドリング、耐久性まで含めたクルマ本来の実力を伝えるため。キャスターもメーカーも真剣そのものだったからこそ、「ゼロカウンター」や「マシンガンシフト」といった名シーンが生まれたのだ。
エアコンなしで部屋を涼しくするならこの一台Airio Pro そんな数あるバトル企画の中でも、年に一度程度開催された「異種格闘技バトル」は別格。1994年にも行われていたが、1997年はさらに大胆だった。集められたのは市販車ではなく、実際に国内レースを戦うレーシングカーばかり。GT500クラスのセルモ・スープラを土屋圭市キャスター、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)を戦うムーンクラフトJACCSアコードを服部尚貴キャスター、フェラーリF355チャレンジを黒澤元治キャスター、ポルシェGT2レーシングを黒澤琢弥キャスター、スーパー耐久仕様のR32 GT-Rを桂伸一キャスター、プリンス千葉R33 GT-Rを大井貴之副編集長、そして中谷明彦氏自身はN1耐久(現スーパー耐久)に参戦していた三菱プーマGTOを持ち込んだ。
レーシングカーはキーを回せばすぐに走り出せる代物ではない。トランスポーターで運び込み、メカニックが暖機運転、タイヤ装着、足回りやブレーキの最終調整を行う。GT500マシンやホンダアコードのようなワークスマシンには専属メカニックが何人も付き、普段のレースとほぼ同じ体制が筑波サーキットに持ち込まれた。ホンダは実質ワークス体制、セルモ・スープラもGT500そのもののチームが動いていた。一方、GTOやGT-R勢はN1耐久仕様で比較的ノーマル車に近い構造とはいえ、新品タイヤやブレーキチェック、サスペンション調整など準備は欠かせない。
どのマシンも現役の貴重な車両。絶対に接触もクラッシュも許されない緊張感は通常のレース以上だった。収録は朝が早く、冬ならまだ真っ暗な午前5時にはサーキットが動き始め、メカニックはさらに早く現場入り。キャスターも6時前には筑波サーキット入りする。このガチな舞台裏こそが、伝説のバトルを生んだ原動力だった。
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