人口1800万に対し自転車2300万台!オランダが自転車大国になった理由
オランダと聞けば、風車やチューリップを思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、じつはこの国は世界有数の「自転車大国」でもある。人口約1800万人に対し、自転車の保有台数は約2300万台(2026年7月現在)。老若男女が当たり前のように自転車で移動する日常が、そこにはある。
もともとオランダは国土が平坦で運河沿いにコンパクトな街が広がり、20世紀初頭から自転車が庶民の足として親しまれてきた。しかし、現在のような「自転車優先社会」が突然できあがったわけではない。背景には、20世紀後半に起きたふたつの大きな転機があった。
デニムに合う。履くだけで「ちょいワル」Tapoon ひとつ目は、1973年の石油危機だ。中東の産油国による石油輸出制限で、オランダも深刻なエネルギー不足に陥った。政府は緊急対策として、日曜日に一般車両の走行を禁止する「カーフリーサンデー」を実施。クルマが消えた街には、人々が自転車や徒歩で繰り出した。普段は車が行き交う幹線道路を子供たちが駆け回り、家族連れが自転車で散歩し、近所の人たちが道端で立ち話をする――そんな光景が全国に広がった。この体験は、多くの市民がクルマへの依存を見直すきっかけとなり、政府が自動車中心の交通政策から自転車インフラ整備へと舵を切る後押しとなった。
ふたつ目は、同時期に表面化した交通事故の深刻化だ。戦後の高度経済成長で自動車が急増し、交通事故死者数が急増。なかでも子供の犠牲者が多かった。1971年には交通事故死者数が約3300人に上り、うち約450人が子供だった。1972年ごろ、ジャーナリストのヴィク・ランゲンホフがこの問題を記事で告発し、「Stop de Kindermoord(子供を殺すな)」というスローガンのもと市民運動が全国へ拡大。親たちが街頭に立ち、子供たちが車道に座り込み、安全な道を求める声が政治を動かした。この運動は自転車専用道の整備、交差点の安全設計、自動車のスピード抑制策など、歩行者と自転車を守るインフラを次々と実現させていった。
石油危機と市民運動――一見別々のふたつの出来事は、同じ方向へとオランダ社会を動かした。安全で快適な自転車専用道が整備されると、より多くの人が自転車を選ぶようになり、自転車人口が増えればさらなるインフラ整備が求められる。政策・インフラ・市民文化が三位一体で発展する好循環が生まれたのだ。
今日のオランダでは、自転車通勤・通学はごく当たり前で、お年寄りがゆったりと自転車で買い物に出かける風景は、半世紀前の危機と市民の声が積み重なって生まれたもの。オランダは「もともとそういう国だった」わけではなく、危機をきっかけに市民が声を上げ、政府が動き、インフラが変わることで自転車大国になったのだ。
現在の日本では、自転車インフラが十分に整っていない状態で「青切符制度」が導入されるなど、自転車を取り巻く環境が大きく変化している。その先行きは不透明だが、オランダの歴史は、自転車をめぐる環境は社会の意思と選択によって変えられることを静かに教えてくれている。
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